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夢枕獏の文体のガイドライン

1 :水先案名無い人:2005/06/08(水) 23:51:04 ID:HdWJfha90
すぐにスレを立てた。
拳。
拳。
肘。
足。
肘。
踵。
指。
拳。
みごとな攻撃であった。

関連スレ
夢枕獏×板垣恵介【餓狼伝】23 板垣シェーダ
http://comic6.2ch.net/test/read.cgi/comic/1115364612/l50
【放置プレイ】夢枕獏 巻之五【続行中】
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580 :水先案名無い人:2005/07/17(日) 18:07:52 ID:E0xAD7o30
「よう――また会ったな。」
ふ、と隣を見ると、いつぞやの男が座っていた。
「あんたか――」
忘れるはずも無い、この酒場で、この席で――さちこの話をした男だった。
――でかい、顔。
――なま臭い、息。
――垢で汚れた、襟首。
既にどこかで、軽く飲んできたと見えて、頬の辺りが朱に染まっていた。
「それじゃあ今日は――みちこの話をしようか―――」


581 :水先案名無い人:2005/07/17(日) 18:08:46 ID:E0xAD7o30
六月も半ばというのに、もう蝉が、騒いでいた。
喧しいほどであった。
目の前に置いたグラスを空にすると、男は内心の動揺を押さえ、こう問い返した。
「みちこ――?そいつは、さちこの妹か何かかい?」
「さてね。そいつはおいらの知った事じゃない。みちこは――みちこ、さ。みっちゃんと呼んでも良い。」
「――そうだな。みちこはみちこだ。」
――そうだ。みちこは、みちこ。
俺は、俺。
あの時、お前にそう教えられたんだったな――
「何をにやにやしていやがるんでえ。当たり前の事よ。」
「聞かせておくれよ。その――みっちゃんの話を。」
「応――。みっちゃんが道々歩いているとな、――まぁ、何だな、垂れちまったんだわ。」
「垂れた――?」
「うんこが、だよ。みちこはうんこを垂れちまったのさ。」
「――うんこを、か。」
「――うんこを、だ。」
――大変だな、と思う。
――辛かろう、と思う。
みちこが幾つの娘かは知らぬが、幾つになっても、女にとって、それ程の恥は無かろう。
「それで――みちこはそいつをどうしたんだい?まさか、気にせずそのまま歩いて行った、という訳でもなかろうよ。」
「ああ、そんなわけはねえよ――みちこはな。拭いたんだ。」
――何だ、当たり前の事じゃないか。
うんこが出たら、拭く。拭かねば尻がかぶれてしまう。だから――拭く。
それは、至極当たり前の事だ。
男は落ち着きを取り戻し、目の前に置かれた刺身を、口へと運んだ。
鮪だった。渋い、血の味が、口の中に広がった。


582 :水先案名無い人:2005/07/17(日) 18:10:13 ID:E0xAD7o30
「拭いたのか。」
「――拭いたんだよ。紙も持っていないのに、な。」
「な―――?」
男は生まれてきてから、この時ほど己の耳を疑った事は無かった。
紙を持っていなかっただと――――?
ならば――ならばどうやって拭いたというのだ。
いや――自分はその答えを知っている。
知っているが、それを認めたくないのだ。
―――悲しい、男の意地であった。
「紙が無いから、手で、な――――」
馬鹿野郎――――――――!
男は叫びそうになる自分を、精一杯の理性で抑えた。
大体、人というものは、家を出る前には、ハンカチとちり紙の確認を、欠かしてはならないのだ―――
何故か。
こういうことがあるからだ。
こういうことがあるから、常にハンカチとちり紙を持ち歩く。
母に、そう教えられたのだ。
十五になる頃には、母がどんな仕事をしているかも、おおよそ見当がついていた。
父と別れ、生まれた町を飛び出し、幼い俺を抱えた母に、他にどんな選択肢があったというのだ―――
だが、俺は母を誇りに思っていた。
愛していた。
辛い事も多かったが、あの日々の中で、俺は愛というもののあり方を知ったのだ―――
鼻の奥に、つん、と来るものがあった。
さっきの刺身に、山葵を付けすぎたせいだ。そう、自分に言い聞かせた。
「手で、か――」
「ああ、他に、選択肢など無かった。みちこは手で拭いたんだよ。そして思った。」
背筋に、ざわ、と、来るものがあった。
聞いた。
「思った?」
「――――勿体無い、と。」


583 :水先案名無い人:2005/07/17(日) 18:12:08 ID:E0xAD7o30
カウンターに、一万円札を一枚。男は何も言わずに席をたった。
―――その先を知る必要は無い。
そう思ったからだ。
その先のことは、分かっている。
みちこがその手をどうしたか、それぐらいは俺にだってわかる。
だから、席を立った。
もう、あの男と会うことも無いだろう。
店を出る。
遠くに、祭囃子が聞こえていた。
川向こうから吹いてくる風に、祭りの焼きイカの臭いを嗅いだ気がして、男は少し、笑った。
そして、いつまでも―――いつまでも、泣き続けた。



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