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ソ連

1 :ロシア:2005/04/05(火) 19:01:25 ID:7wdKdow6
ロシア

2 :ウクライナ:2005/04/05(火) 19:12:36 ID:l/7ZM8W6
ウクライナ

3 :バルト:2005/04/05(火) 19:29:45 ID:tCpr+nmd
アゼルバイジャン

4 :シベリア:2005/04/05(火) 19:32:00 ID:tCpr+nmd
ハバロフスク

5 :ロシア:2005/04/05(火) 23:49:45 ID:7wdKdow6
ロシア

6 :メカ名無しさん:2005/04/06(水) 00:12:56 ID:EUsdAdFo
ウラジオストク

7 :モスクワ:2005/04/06(水) 00:21:18 ID:zGsLlL6c
サンクトペテルブルグ

8 :ロシア:2005/04/06(水) 13:23:09 ID:gwi1U3Do
ロシア

9 :メカ各無しさん:2005/04/06(水) 20:57:37 ID:AWhp3Erg ?
ソバ連続、略してソ連

10 :メカ名無しさん:2005/04/06(水) 21:11:18 ID:p8bGOfxr
糞スレ立てんな( ゚Д゚)ヴォケ!!

11 :メカ名無しさん:2005/04/06(水) 21:22:58 ID:uvT3Mt7A
ソチン連邦

12 :ロシア:2005/04/07(木) 18:10:58 ID:CyAl+PFe
ロシア

13 :澤田:2005/04/07(木) 18:31:01 ID:CyAl+PFe
ダンカン

14 :ロシア:2005/04/08(金) 00:56:43 ID:HfCmVUbd
ロシア

15 :澤田:2005/04/08(金) 00:57:03 ID:HfCmVUbd
ダンカン

16 :ロシア:2005/04/09(土) 18:49:20 ID:S9kG0Ye6
ダンカン

17 :名無し募集中。。。:2005/04/09(土) 22:02:39 ID:UtMGsLln
ちょっとここ隠れさせて

18 :名無し募集中。。。:2005/04/09(土) 22:23:47 ID:8NUtOuGw ?#
いたぞー

19 :ロシア:2005/04/10(日) 12:49:10 ID:YU2Iu68p
ロシア

20 :メカ名無しさん:2005/04/10(日) 14:51:24 ID:I4E7EX6U
折角だからソ連時代の制御工学分野について書いてみてくれ。


21 :メカ名無しさん:2005/04/10(日) 17:56:10 ID:y7dZZAoi
ソ連といえば科学アカデミー

22 :ロシア:2005/04/10(日) 23:45:45 ID:YU2Iu68p
ロシア

23 :ロシア:2005/04/11(月) 20:55:36 ID:DtZvgtJ0
ロシア

24 :ロシア:2005/04/12(火) 21:15:06 ID:3jOi5lvZ
ロシア

25 :ロシア:2005/04/13(水) 20:29:14 ID:hTGxpoku
ロシア

26 :ロシア:2005/04/13(水) 22:36:49 ID:vUdIvpDW
ロシア

27 :ロシア:2005/04/14(木) 20:20:19 ID:FnZ+Mus1
ロシア

28 :メカ名無しさん:2005/04/14(木) 21:26:37 ID:mpt9TPfw
>
せっかくだから書いてみる。

自分の蔵書に、「リレー式自動制御系の理論」って本がある。
1955年にソ連で発行された本の翻訳で、真空管や光電管を使った
回路も紹介してあるけど、主眼はオンオフ制御で、リレーでPWM
やってたりする。
中身は制御理論、それも非線形応答に関するものが大半。

次はソ連のコンピュータについて書くつもり。

29 :メカ名無しさん:2005/04/15(金) 00:50:13 ID:1jixDxje
ソ連最初のコンピュータは1950年にウクライナのキエフで造られた
MESMで、6000本の真空管を使っていた。
開発者のレベデフは、戦前は電力ネットワークの制御の研究を
していて、アナログコンピュータを作っている。戦争中は高射砲の
照準システムや戦車の砲架の自動安定システムや、誘導魚雷の
研究をしている。特に誘導魚雷は1946年に黒海で試験に成功している。
レベデフはMESMの完成前にモスクワに移って、新しいコンピュータ、
BESMの開発に取り掛かるが、これがソ連のコンピュータ研究開発の
中心の一つとやがてなっていきます。


30 :ロシア:2005/04/15(金) 23:04:38 ID:4qdHRcFK
ロシア

31 :ピロシキ:2005/04/16(土) 00:30:32 ID:1z13EB8P
アメリカのNASAは、宇宙飛行士を最初に宇宙に送り込んだとき、
無重力状態ではボールペンが書けないことを発見した。
これではボールペンを持って行っても役に立たない。NASAの科学者
たちはこの問題に立ち向かうべく、10年の歳月と120億ドルの開発費を
かけて研究を重ねた。 その結果ついに、無重力でも上下逆にしても
水の中でも氷点下でも摂氏300度でも、どんな状況下でもどんな表面
にでも書けるボールペンを開発した!!


一方ソ連は鉛筆を使った。




・・・ソ連の方が絶対に頭良いと思う

32 :日本:2005/04/16(土) 00:33:09 ID:shzhbVw8
竹島・尖閣・北方四島は日本固有の領土です。

33 :メカ名無しさん:2005/04/16(土) 18:55:25 ID:7u9E00TL
んじゃあ、宇宙開発関連も

ソ連の人工衛星計画はIGY(国際地球観測年)にあわせて計画されたが、
そのための機体object-D-1は1.4トンにも達する本格的な科学衛星となった。
ソ連の宇宙開発の実質的な指導者だったコロリョフは、先行して小型の
衛星を開発し、打ち上げる事とした。
この衛星はIGYの科学研究用ではなく、純粋な技術実証、そして、最初の
人工衛星となることを狙って、極めて短期間で開発された。

衛星重量は83キロ、アルミの二重構造の気密カプセルで、内部には窒素
ガスが充填されていた。機体重量の大半は銀亜鉛バッテリで、角張った
ドーナッツ型のその中央の穴を、RFモジュールが貫通し、その後ろに循環
冷却用のファンが付いていた。衛星の発熱と放熱のバランスを考えると、
太陽光の輻射熱は嬉しくなかった。そのため衛星の外殻はぴかぴかに
磨き込まれたのである。
同様の衛星は同時に3機作られたが、うち二機にはObject-D用に開発された
ビデオ画像が送信可能な高性能テレメータ装置が組み込まれていた。
スプートニク1号は、この組み込まれていない1機を使用したものである。

34 :メカ名無しさん:2005/04/16(土) 18:58:06 ID:7u9E00TL
スプートニク一号(PS-1)には、代わりに単純なテレメトリ装置が組み込まれていた。
RFモジュールは20.005Mhzと40.002MHzの送信に対応していたが、テレメトリは
それぞれの周波数につき1chづつ、機体内部と表面の温度を、1フレーム300ミリ秒
のPPM-AM変調でダウンリンクした。
スプートニク1号は打ち上げ21日後に機能を喪失したが、これはバッテリの消耗と
いうより、温度上昇に伴う劣化の影響が大きかった。

>31
このエピソード、よく見るけど、ソースは何処でしょうか?
自分、結構ロシア/旧ソ連の宇宙開発関連の資料は読む方ですが、
実のところ、該当するようなものは読んだことがありません。
大体、ソ連でも鉛筆は使わんと思うし。黒鉛、導体だよ。


35 :ロシア:2005/04/16(土) 19:26:38 ID:Of6fM/Cs
ロシア

36 :ボルシチ:2005/04/16(土) 23:33:08 ID:qlnpm30d
>>34
おりょりょ、そういう事まで気になるか?(研究熱心だね)

ソースはむしろアメリカ側に求めた方が良いね。
フィッシャー社の作った「スペースペン」が市販された時、開発に関するエピソードが
誇らしげに公開されたのが最初のソース。
大抵の人はここで、無重力では万年筆もボールペンも使えないと知って驚くんですが
それを見た人が「じゃあ他の国はどうしてたの?」と、もう一方の大国を調べたら、
紙と鉛筆(ホルダー型の奴ね)で済ましていてずっこけたわけです。

で、無駄な開発費をたしなめる様な笑い話としてネットに流れだしたとさ。


アメリカでは普段問題ないボールペンが宇宙では軒並み書けなくなるので
無重力が原因と気が付いたが、ソ連では地上でもしょっちゅう書けなくなる
ボールペンばかりなので「またか!」と、放っておかれたと言う意見もある。

37 :ロシア:2005/04/18(月) 20:22:02 ID:xmWtOq1g
ロシア

38 :メカ名無しさん:2005/04/18(月) 23:49:18 ID:UbpKIKpY
スプートニク二号(PS-2)は、1号の打ち上げ成功を受けてソ連の最高権力者
フルシチョフの要請により、わずか一ヶ月で開発された。これは現在でも、
最短宇宙機開発期間のワールドレコードだと考えられている。
ただ、この機体は先の1号の予備機をバスとして、既開発品の犬用生命維持
モジュールを結合しただけのものである。犬用生命維持モジュールは当時、
有人宇宙飛行の予備段階として、犬を高高度に打ち上げる実験を繰り返して
いたコロリョフの設計局によるもので、それら先行実験では、犬はパラシュート
で回収されている。
その後のコラブル-スプートニク、ボストーク試験機でも犬を載せて打ち上げて、
ちゃんと回収していることから、スプートニク2号の、回収しないという方針は
この時だけのものだったようである。

コロリョフたちは、冬のモスクワで野良犬を拾って育てて、実験に使っていた。
冬のモスクワを生き抜いた犬なら、厳しい実験のストレスにも耐えるだろうと
思ってのことである。
スプートニク2号に載せられたのはメスのテリア犬で、クドリャフカという名前で
呼ばれていたが、搭載に伴って、ライカと改名された。ライカのバックアップは
さらに2匹が用意されていた。

39 :メカ名無しさん:2005/04/18(月) 23:50:46 ID:a5NfOo8p
しかし何気にロシアって技術力あるねー
金もあるんじゃない?

40 :メカ名無しさん:2005/04/18(月) 23:54:01 ID:UbpKIKpY
スプートニク2号の生命維持装置は、7日間の生命維持を可能としていた。テレメトリ
はビデオ映像のほか、呼吸頻度、血圧、心電図、心拍、温度、湿度、モーション
などを含んでいた。
開発期間の短さから、ロケット二段目とスプートニク2号ハードウェアとの
分離機構は設けられなかった。衛星は、巨大なロケット丸ごとということになる。
これがまずかった。打ち上げ直後から生命時装置の温度は上がり始め、打ち上げ
7時間後に温度がライカを殺した。
ライカは打ち上げ時のストレスで脈拍が倍になった以外は正常で、無重量状態にも
適応したように見えたが、温度上昇と共に暴れはじめ、やがて衰弱していった。

>36
回答さんきゅ。
考えてみれば、ソ連は絵の具一式持っていったりしているから、
何を使ってもおかしくないな。
ちなみに、現在の国際宇宙ステーションは原則ペーパーレス。
紙は可燃物だからね。

次はスレ違いにならないように制御の話。ヴォストークの再突入とか。


41 :メカ名無しさん:2005/04/20(水) 22:49:05 ID:vejmT2YW
人類初の有人宇宙船ヴォストークには、様々な安全対策が採られていた。
宇宙飛行士はカプセルの中で射出座席に座っていた。これで、地上で
ロケットが爆発しても、飛んでいる最中に爆発しても、安全に地上に
帰還する事ができた。
宇宙船の軌道は、一週間もすれば勝手に高度が落ちて自然に再突入するよう、
わざと低いものとなった。カプセルには一週間分の生命維持が可能で、
食料もサバイバルキットも用意されていた。
宇宙飛行士が宇宙で意識を失っても、地上からのコントロールで再突入
が可能で、そのため、カプセルはどんな姿勢になっても安全な球体の
形状が採用された。

42 :メカ名無しさん:2005/04/20(水) 22:51:07 ID:vejmT2YW
カプセルの再突入シーケンスは半自動化されていた。再突入モードに
入ると、宇宙船は船尾を自動的に太陽に向けるようになっていた。
船尾には小さな太陽電池があって、これで太陽方向を検出していた。
再突入は要するに減速で、それは適切な方向に適切な時間だけエンジン
を噴射することと言い換えることもできる。カプセルがソ連領内に着陸
するためには、南大西洋上で減速しなければならない。
それも、太陽が適切な位置にあるとき、である。適切な位置とは、軌道
進行方向、水平線上になる。
そういう都合のよいタイミングから逆算して打ち上げタイミングは
選ばれていた。そういう訳でヴォストークは、昇ってくる朝日めがけて
再突入エンジンを噴射していたのである。


43 :メカ名無しさん:2005/04/20(水) 22:52:53 ID:vejmT2YW
この自動姿勢制御が働かなかった場合に備えて、手動の姿勢決定システム
も一応装備はされていた。ヴィゾーラというその装置は、窓の周りを小さな
窓が取り囲んだようになっていて、その小さな窓にはそれぞれプリズムが
仕込まれていて、中央の窓が地球中心を向いているときに、周りの窓に
水平線が入るようになっていた。
中央の窓には目盛りが入っていて、進行方向と機体姿勢を一致させることが
できるようになっていた。
この装置は結局ヴォストーク・ヴォスホートでは使用されなかった。使用
されたのはソユーズ1号のフライト時で、パイロットのコマロフはこれを
使って満足に姿勢決定を行なう事ができなかった。
……そうして、彼は死んだ。
初期のソユーズは正直なところ、欠陥機だったのだ。


44 :ロシア:2005/04/21(木) 03:24:32 ID:oBq5DBfQ
ロシア

45 :ロシア:2005/04/21(木) 06:50:48 ID:oBq5DBfQ
ロシア

46 :ロシア:2005/04/21(木) 21:47:36 ID:oBq5DBfQ
ロシア

47 :ロシア:2005/04/23(土) 15:34:12 ID:Qm0x+nW5
ロシア

48 :メカ名無しさん:2005/04/24(日) 12:32:52 ID:yOh4Moqv
リアプノフも書いて〜

49 :メカ名無しさん:2005/04/24(日) 14:59:15 ID:iZ/yAz+R
ぷーちん!

50 :メカ名無しさん:2005/04/25(月) 00:51:51 ID:gM/h1l9x
ロシアは結局中国製を上回る全自動洗濯機を開発出来たのだろうか?

51 :ロシア:2005/04/25(月) 21:32:44 ID:V1OH1ew6
ロシア

52 :メカ名無しさん:2005/04/25(月) 22:56:54 ID:DiNz0Jbs
今更ながらTRIZを生んだロシアを見直した



53 :メカ名無しさん:2005/04/26(火) 01:25:05 ID:tKQg23rv
んじゃあ、 リヤプノフの話を。

ウィーナーの「サイバネティクス」は世界各地で大きな反響を呼んだが、
ソ連での影響は格別なものがあった。制御工学、計算機科学、ソフトウェア工学、
神経医科学、計量経済学、全てがサイバネティクスというくくりで論じ
られたのだ。ソ連の科学者たちはこの学問のクロスオーバーに飛びついたのだ。
しかし一方で、サイバネティクスには唯物論に反しているという批判が付きまとった。
唯物論は言うまでも無くマルクスの資本論の思想の中心である。が、当のサイバ
ネティクスの提唱者、ウィーナー本人が自著で唯物論を攻撃していたのだ。
「サイバネティクス」は発禁となった。1953年の「哲学の諸問題」誌に掲載された
”サイバネティクスは誰に奉仕するのか?”という論文は、激しい調子で
サイバネティクスを批判した。
1954年に出版された「簡潔な哲学辞書」の第4版では、サイバネティクスはこう
表現されていた。
「この反動的な疑似科学は、第二次大戦後のアメリカで最初に現れ、他の資本
主義国に拡がった、一種の機械信仰である」
 当時のソ連では、こういう事態は日常茶飯事であった。遺伝学にはルイセンコ学派
という本物の疑似科学がはびこり、正当な科学を疑似科学呼ばわりしていた。
相対性理論ですら、唯物論に反するという理由で疑似科学と決め付ける者が居た。
 ソ連の制御工学、ソフトウェア工学は、この批判との戦いでもあったのだ。

54 :メカ名無しさん:2005/04/26(火) 01:25:40 ID:tKQg23rv
A.A.リヤプノフは1952年には数学教授としてモスクワ大学の教職につき、同年、
「プログラミングの原則」という小さなセミナーを開いた。これはソ連最初の
プログラミング講座となった。
1953年にサイバネティクスに対する攻撃が本格化すると、彼のセミナーは攻撃の
対象になると同時に、多くの注目を浴びるようになった。リヤプノフはセミナーに
他のジャンルの専門家を多く招き、これは有益なセッションとなった。
 リヤプノフは、地球物理学、生物学、哲学と多くの分野で活動したが、彼の最大の
貢献はコンピュータサイエンス、特にプログラミングとコンパイラの理論における
ものであった。
 1952年から53年にかけて、リヤプノフは体系的なプログラミング手法を開発した。
これは仮想命令で開発したプログラムを実際の機械語へと機械的に変換するという
もので、プログラミングの自動化、つまりコンパイラの開発へと繋がっていくこと
になる。リヤプノフは仮想的な命令を整理して、これを3つに分類した。
1:指示ステートメント (メモリの内容変更)
2:条件ステートメント (述部に従い命令処理の順序を変える)
3:シフトステートメント(メモリの他の位置への処理のジャンプ)
 これは1954に開発されたソ連最初のコンピュータ言語PP-1の仕様となった。
リヤプノフはこれら命令の組み合わせで様々なアルゴリズムが実現できることを証明
した。この概念は、後にALGOL-60やFORTRANが導入された後にも、プログラムの最適化
の際に基礎概念として利用された。


55 :メカ名無しさん:2005/04/26(火) 01:26:26 ID:tKQg23rv
 1961年にリヤプノフはシベリアのノヴォシビルスクに置かれた科学アカデミー支所で
自らの研究所を開設した。彼はモスクワでの開設を望み、実際に決定されていたの
にも関わらず、これが覆されてシベリアとなったのは、性質こそ違え、サイバネティクス
に対する弾圧が続いていたことを示すものである。実際のところ、ソ連のサイバネ
ティクスはリベラルな自由主義者や社会活動家を多く輩出していた。
 彼らは地道に反論を続け、1970年代半ばには一応の勝利を見るのだが、その時には
既に何もかもが手遅れになっていた。ソフトウェア工学全体が、情報交換の機会を
奪われ、窒息していたのだ。

 シベリアでリヤプノフの関心は教育へと向かった。彼は小学校から大学までの課程、
特に中学校教育で改革をおこなった。彼はノヴォシビルスクに数学と物理の教育に
様々な工夫をした実験的な学校を開設し、これは後にソ連全土に発展した。ソ連の
いわゆる英才教育はこれを指すものである。
 リヤプノフの開設した研究所は、後に並列コンピューティング研究の中心の一つ
となっていった。

……リヤプノフ違い?


56 :メカ名無しさん:2005/04/29(金) 09:34:36 ID:PrAVUtBv
コロリョフは1959年に、月探査機ルナ1号を打ち上げた。
この機体は特別に、コロリョフによってメチータ(夢)と命名されていた。
実は同型機は1958年10月から2回の打ち上げ失敗によって失われており、
これが三回目の挑戦だった。
ルナ1号(E-1)は361キロの球体で、基本的にPSタイプと同じ設計だが、
ひとまわり以上大きなものになっている。
但しこれは失敗に終わった。ロケット最上段の誤動作により、ルナ1号は
月から6000キロの距離をかすめて、世界初の人工惑星となってしまった。

相次いだ失敗は、ケルディッシュら科学者たちによる徹底的な査問と調査の
対象となった。やがてロケットエンジンの酸化剤ターボポンプの異常振動
などの、R-7ロケットの欠陥個所が相次いで明らかとなった。
探査機の軌道計算も、それまで手計算で行なわれていたのだが、改めて
コンピュータが導入された。ソ連最初の量産コンピュータ”ストレラ”及び
BESMが計算に投入された。
旧ソ連宇宙開発における品質管理の基礎は、ここに起源を持っている。
ここで確立されたのは、テストの体系化、そして、誰もがシステムを疑う事が
許され、しかも疑われた方が疑いを晴らす責任を持つという仕組みだった。

ルナ2号の打ち上げは1959年9月に行なわれ、月面に到達した最初の人工物と
なったのだった。

57 :メカ名無しさん:2005/04/29(金) 09:35:39 ID:PrAVUtBv
ルナ3号は1959年10月に打ち上げられた。
ルナ3号は飛躍的に複雑な機体となった。ルナ1、2号の発展型だったのだが、
もはや原型を留めていない。重量は減ったがカメラとそのための姿勢制御
システム、太陽電池による電力供給などの機能が与えられていた。
ルナ3号用に研究所NII-1は制御装置”エニセイ”を開発した。これには初めて
半導体が採用されていた。
この制御システムは地球からの電波の届かない月の裏側で、自動制御で機体を
ガスジェットで制御して、月面の写真を撮影した。また、ヒータと放熱板を
コントロールして機体温度を能動的に制御した。
地球からのコマンドを解析して従う能力を持ち、そして撮影した画像を
ファクシミリ方式で地上へと電送した。

これ以降、ソ連は惑星探査機を”ロボットステーション”と呼ぶようになる。

次はルナ9号とか。


58 :メカ名無しさん:2005/04/29(金) 19:12:04 ID:+K/ofvO/
ふむふむ、たしかに探査機はロボットだな。

59 :メカ名無しさん:2005/05/01(日) 19:27:29 ID:ZUcl0mgh
 すまん、その前に初期の火星/金星探査機を。

 ルナ三号がとりあえずの成功を収めると、コロリョフたちの関心は惑星探査へと
向かった。丁度地球と火星、金星の位置関係は、惑星探査機を送るのに適した
ものとなろうとしていた。
 だが、この初期の試みは、ほぼ全てが失敗という結果に終わる事になる。
1960年から61年にかけて、ほぼ同型の惑星探査機5機が火星と金星めがけて
打ち上げられ、うち4機がロケット2段目の爆発で失われ、かろうじて1機が
金星近傍に辿り付いた。ベネラ1号である。

 643キロのこの惑星探査機は、展開式の大型太陽電池パドルと、同じく展開式の
大型ハイゲインアンテナを持っていた。パドルは展開されると機体の側面に
固定され、アンテナもパドルの面と一定の角度を保って固定される。これは
飛翔期間全体を通じて、太陽と地球の位置関係がほとんど一定になるように
デザインされた軌道に投入するためである。これで、アンテナが地球を追尾する
手間が省ける。これは現在でも多くの惑星探査機で用いられている手法である。

 本体は気密式のずんぐりした円筒で、中にはヒドラジンと4酸化窒素の2液式
推進剤を保温するタンクや同じく保温されたバッテリ、探査機の制御機器などが
収められていた。科学探査機器はこの本体の外に固定された。
 姿勢センサとして太陽センサとスターセンサ、そして地球センサが搭載されていた。
特定の星を追尾するスターセンサの搭載は、この時期の機体としては画期的なものである。
 ベネラ1号は更に、半球型の熱防護カプセルを搭載していた。これは金星大気
への投入を狙ったものである。このカプセルはうまくいけば、当時信じられていた
金星の海にぷかぷかと浮かぶ筈であった。
 ベネラ1号はしかし、惑星間軌道投入後わずか数日で地球との連絡を絶った。
原因は熱設計にあると後に解析された。

60 :メカ名無しさん:2005/05/01(日) 19:28:22 ID:ZUcl0mgh
 1962年になると、新型の惑星探査機タイプMVが投入された。MVはMarsとVenusの
頭文字で、これは両用の機体であった。
 本体は断熱を強化されて大型化し、890キログラムにも達する大型機となった。
機体設計は先行機とほとんど変わらなかったが、太陽電池パドルの先に半球型の
ラジエータが追加されている。このようなラジエータは西側には知られておらず、
現在も詳細は明らかではない。熱制御は明らかに強化されていた。
 火星探査機タイプは火星軟着陸用のカプセルを持っていたようである。
 ただ、この機体もほとんど失敗という結果に終わる。このタイプの機体は4機が
火星に向けて打ち上げられ、うち1機を除いて全て、上段エンジンの不具合で
惑星間軌道への投入に失敗している。
 そして、軌道投入に成功した唯一の探査機マース1号も、打ち上げ後半年で連絡
を絶った。原因は姿勢制御用ガスジェットの弁にあると診断された。

 この時期のソ連の技術力では、特に機器の信頼性に関して、やはり充分なもの
ではなかったのであろう。信頼性と品質の問題に関して、当時のコロリョフは
これこそが最大の問題であると述べている。
 日本なら、最初の失敗でさんざんに叩かれたところだろう。実際、ソ連でも
強い批判は、特に軍から上がった。しかし、コロリョフはケルディッシュら科学者と
連携してこの時期を乗り切った。

 これら無残な挑戦のあと、ソ連の関心は再び月へと向かった。


61 :ロシア:2005/05/02(月) 01:06:05 ID:EKFn8ZNT
ロシア

62 :メカ名無しさん:2005/05/02(月) 16:02:52 ID:GQTwWwzm
良スレ乙

63 :ロシア:2005/05/03(火) 08:04:40 ID:NMJfy21B
ロシア

64 :メカ名無しさん:2005/05/03(火) 14:12:29 ID:9x+zLig8
 科学者たちはルナ3号のぼやけた電送写真ではなく、もっと鮮明な写真を要求し、
そのために、ルナ3号の改良タイプE-3が開発された。
 E-3の送信出力は大幅に強化された。ルナ3号の画質は最大1440×1440画素と
十分なものであった筈だったが、信号出力が足りなかったのだ。
 E-3は2機打ち上げられ、どちらもロケットの問題により失われた。

 タイプE-4は小さな核爆弾だった。月表面での核爆発は、ソ連の宇宙機が確かに
そこに到達した事を世界に確実に知らしめるだろう。核物理学者セルドヴィッチ
の提案は多くの批判にもかかわらず支持され、実物大モデルさえ製作された。
 が、ロケット打ち上げ失敗のリスクを考えると、この案は問題ありとされ、結局
E-4は没となった。

 タイプE-5は月面軟着陸を目指したものだったが、E-6開発に伴いその開発は
停止された。

65 :メカ名無しさん:2005/05/03(火) 14:13:23 ID:9x+zLig8
 月探査機タイプE-6は、月周回軌道への投入と、月軟着陸の実現を目標に
開発された。
 E-6は自律型エンジンKTDUと、カプセルを含む科学探査機器から構成されていた。
地球近傍で動作するE-6には大型ハイゲインアンテナは必要なかったし、大袈裟な
熱対策も不必要だった。また、地球から近い月へのミッションであれば、大型
太陽電池パドルも必要なかった。
 その分、探査機は徹底した高信頼化が行なわれた。本体はスリムになり、昆虫の
ように結節したモジュール単位の熱制御となった。
 SAV”タイフーン”天測航法装置は2つの地球センサ、2つの月センサ、1つの太陽
センサから構成され、また姿勢決定用にジャイロを搭載していた。軟着陸の制御は
レーダーとタイマーの組み合わせだった。
 探査機は月までの距離が8300キロのところで姿勢を制御し、高度75キロで減速
噴射を決められた時間行なった。
 軟着陸カプセルALSはエアバッグを使用していた。エアバッグは高度25キロの時点で
一気圧まで加圧されて膨張し、月面到達直前に切り離された。この時点での
落下速度は秒速15メートルである。
 100kgほどのこのカプセルは着陸後、上部構造を覆う4枚の花弁状カバーを展開して
姿勢を安定させ、バーアンテナを展開した。
 ルナ9号カプセルには1基、13号には2基のパノラマカメラが搭載されていた。この
カメラの中にはカムで首を振るミラーが入っていて、これで風景をスキャンして、
垂直解像度6000本の画像を地上に電送した。
 カプセルの制御はプログラマブルだったようである。但しこれはコンピュータの
搭載を意味しないだろう。恐らくは論理素子によるシーケンサだったのだろう。ソ連の
宇宙用コンピュータは有人月計画用に1968年に開発されたArgon-11cであるとするのが
定説である。

66 :メカ名無しさん:2005/05/03(火) 14:15:10 ID:9x+zLig8
 E-6の基本設計は1961年に固まった。探査機は一度地球周回軌道に入ってから、
センサとジャイロで姿勢を確定して月に向かうこととなる。そのための上段エンジン
用の制御装置A-100も大きな技術的挑戦だった。探査機は全体で1.5トンもの重量に
達した。

 最初のE-6打ち上げは1963年に行なわれ、しかし上段エンジンのDC-DCコンバータの
問題で探査機は月へと飛べなかった。次の打ち上げではやはり上段エンジンの、
今度はジャイロに不安定性があることが発覚した。
 三度目の打ち上げで探査機はようやく月へと向かったものの、軌道投入精度が
充分では無かった。この機体がルナ4号である。
 その後4回の打ち上げ失敗を経て、ルナ5号は1965年に月へと向かった。しかし
ルナ5号は減速噴射に失敗して月面に激突した。ルナ6号は月までの飛翔途上での
コース修正時に、エンジンが停止しなくなり、月へ辿り付けなくなった。
 ルナ7号の減速噴射は早すぎた。逆にルナ8号の減速噴射は少し遅かった。この
二機はいづれも”嵐の海”に激突して沈んだのだった。

 1965年、これら惑星探査計画はコロリョフの第一設計局からラボーチキン
設計局へと丸ごと移管された。
 1966年2月、ルナ9号は嵐の海に軟着陸した。探査機の全ての機能はバッテリー
の続く3日間、完璧に作動した。

67 :メカ名無しさん:2005/05/03(火) 14:19:56 ID:9x+zLig8
>>65
訂正。
ソ連の宇宙用コンピュータは->ソ連最初の宇宙用コンピュータは。


68 :ロシア:2005/05/04(水) 03:54:36 ID:O+r/+tzU
ロシア

69 :メカ名無しさん:2005/05/06(金) 01:35:12 ID:38INmpST
 ルナ10号は軟着陸カプセルの代わりに、据え付けの科学観測機器を搭載した
バージョンで、1966年に打ち上げられた。実はこれは予備機で、直前にもう一機
最上段の不具合で打ち上げに失敗した機体が存在する。
 ルナ10号は月周回軌道に入り、地球の衛星の衛星となった。探査機はおよそ
二ヶ月に渡って月の赤外放射や放射線環境についてデータを収集した。
 同年ルナ11号と12号が打ち上げられ、同様に月周回軌道に投入された。この
機体はカメラを搭載しており、解像度720×720の写真を多数取得した。但し、
ルナ11号のカメラには問題があったらしい。

 同年末に打ち上げられたルナ13号は9号と同じく軟着陸カプセルを搭載していたが、
カプセル重量は150kgに増えていた。増えたのはパノラマカメラがもう1基と、二本の
折り畳み式アームである。アームの先端には月の土の固さを計るための硬度計が
付いていた。また、月の土がどれだけ放射線を反射するかも測定された。
 これらはみな、当然ながら有人月計画のためのものだった。これら調査により
着陸船の降下地点候補が絞られ、また着陸船の脚設計が固められたのである。

70 :メカ名無しさん:2005/05/06(金) 01:36:12 ID:38INmpST
 この後ラボーチキン設計局は、独自機種Ye-8の開発へと進む。これには主に
二種類のタイプがあった。サンプルリターン用と、月面移動型ロボット、
ルノホートである。
 どちらも、着陸脚による月面軟着陸能力を持つベーススシテムの上部を載せ
変えて実現された。推進剤を満載にした探査機の重量は5トンを超えたが、
月着陸時の重量は1.5トンほどになる。これほどの質量は大型ロケット”プロトン”
を使用しなければ不可能であった。
 これは実は、ソ連の宇宙開発の混乱の一つの現れであった。コロリョフの大型
ロケットN-1の開発は遅々として進まず、その一方で書記長フルシチョフは、
コロリョフともう一人、チェロメイを競わせるのが得策だと考えていた。
 プロトンはチェロメイのロケットだったのだ。

 というわけで、次は本命ルノホートとか。


71 :ロシア:2005/05/06(金) 22:00:36 ID:R9DMiNyx
ロシア

72 :メカ名無しさん:2005/05/07(土) 01:02:58 ID:7bk3+UlW
いったい何者なんだろう・・・野田さん?

73 :ロシア:2005/05/07(土) 07:51:41 ID:Ydv/bipR
ロシア

74 :メカ名無しさん:2005/05/07(土) 12:41:59 ID:8KjyYXYs
携帯からの人のために
http://pksp.jp/ero22/

75 :ロシア:2005/05/08(日) 18:54:06 ID:Kr0U02gN
ロシア

76 :メカ名無しさん:2005/05/10(火) 02:55:59 ID:y9/VsSSs
 Ye-8シリーズは元々、OKB-1で開発されていた月面用移動型観測装置E-8、
月面ローバーに源流を持つ。1960年に開発は始まり、当初打ち上げ機には
8K78モルニヤを予定していたため、重量は100kg程度とされていた。
 その後超大型打ち上げ機N-1の開発に伴い、ローバーの重量はロケット
能力に合わせて大幅に増加した。当初は700キロ、1963年には900キロ
近くにも達した。
 初期の検討では、移動装置にキャタピラやアルキメデススクリューも検討
された。しかし、そういう駆動方式では、故障時に全体が移動不能になる
のに対して、複数の駆動輪を持つタイプであれば、うち一つが故障しても
他を駆動して動く事が出来る。そう言う理由で、移動装置には車輪が選ばれた。

77 :メカ名無しさん:2005/05/10(火) 02:56:58 ID:y9/VsSSs
 1963年、ルノホートのシャーシ開発は自走車輌研究所(ВНИИТМ)に
委託された。ВНИИТМは大戦末期に設立され、戦車や自走砲、トラック
などの開発を行なっていた。
 様々な月面用の車輪が試作された。板バネを円筒内に渦巻状に配置した
ものや、車輪外周と車軸の間にスチール製の円筒を幾つか、例えば4つ対称
位置に挿入したものが作られた。
 金網と金属リボンを組み合わせてゴムタイヤのような外見にしたものも
数種作られたが、充分なグリップ力が得られないとして放棄され、最終的
にスチールリングと金網を組み合わせたリムと、自転車のようなスポーク
を用いるものが採用された。

 車輪の駆動にはそれぞれの車軸に内蔵されたモータが使用された。車軸
内には同軸に三連遊星ギヤが入っている。ギヤの潤滑には通常のグリスが
使用されたようである。車軸とそれを支えるアームとの接続部には
ラビリンスシールと、車輪が故障したときに切り離すための火薬駆動の
ガスカートリッジが入っていた。
 潤滑やシールを初めとした様々な技術的問題について、1966年のルナ11号
と12号に技術試験用のギヤボックスを搭載してテストを行なっている。ここ
で直流モータ、減速歯車やクラッチ等がテストされた。


78 :ロシア:2005/05/18(水) 06:16:16 ID:CYsLahBx
ロシア

79 :ロシア:2005/05/19(木) 08:14:31 ID:KeZxaupT
ロシア

80 :メカ名無しさん:2005/05/23(月) 10:30:53 ID:pBTDNJjL
ロシア万歳

81 :メカ名無しさん:2005/05/23(月) 22:43:05 ID:6G6uSwQU
>>72
水城さんとも思ったけど、あまり2ちゃんねるに書かないみたいだし

82 :ロシア:2005/05/24(火) 00:27:22 ID:RIGNwFul
ハラショー!!

83 :ロシア:2005/05/28(土) 11:50:58 ID:uRhsWEtw
ロシア

84 :メカ名無しさん:2005/05/29(日) 11:27:30 ID:3UaDifb7
オブイクウェート!

85 :メカ名無しさん:2005/05/30(月) 19:48:13 ID:9MrQtc/W
ミコヤングレビッチ!

86 :ロシア:2005/06/01(水) 07:52:27 ID:4PpGStFv
ロシア

87 :メカ名無しさん:2005/06/03(金) 00:51:27 ID:XBD3vrmm
最近ロシアってかわいこちゃんが多いね

88 :ロシア:2005/06/13(月) 17:48:06 ID:tOYPzMrZ
ロシア

89 :ロシア:2005/06/24(金) 03:01:29 ID:SmRl2IVh
ロシア

90 :ロシア:2005/06/29(水) 23:45:14 ID:qLbG5OME
ロシア

91 :ロシア:2005/07/10(日) 14:27:02 ID:UbQpCZQa
ロシア

92 :メカ名無しさん:2005/07/10(日) 23:19:10 ID:2jbo5phX
ソビエト社会主義共和国連邦

93 :ロシア:2005/08/05(金) 11:47:15 ID:PIsBDxUS
ロシア

94 :メカ名無しさん:2005/09/25(日) 10:23:41 ID:YeUNRk2s
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    | |   ,ヘ       !   ` 、r―――イ∧      |/  =3
    l∧  | ',     |      7ー―.'´:: レ:::::!     |
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 /   \:::::::::::::: \  |、       /:::::::::::::::}   /\
       ヽ::::::::::::::::::ヽl:::`ー―――'::::::::::::::: / /|    ヽ

95 :メカ名無しさん:2005/09/25(日) 15:55:30 ID:Eq3yyDe4
メンテ乙

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